広瀬健一の最後の言葉【オウム真理教】

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広瀬健一(ひろせ けんいち)の最後の言葉

地下鉄にサリンをまけという指示も救済としか受け取れなかった。愚かにも殺人というイメージがわかない状態だった

NHKに送った手紙より。

※広瀬健一の最後の言葉は残っていない。

・死刑確定:2009年11月6日
 ※オウム真理教事件で死刑が確定したのは7人目。
・執行:2018年7月26日(54歳没)
・処刑地:東京拘置所

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地下鉄サリン事件実行犯の一人

広瀬元死刑囚は、早稲田大学理工学部応用物理学科をトップで卒業した秀才だったが、早稲田大学の大学院で物理学の研究をしていた昭和63年に教団に入信し、内定していた企業に就職せずに出家した。
オウム武装化要員のテストケースとして、入念な洗脳を受けた。
平成2年の衆議院選挙では麻原彰晃らとともに立候補したが、落選した。
その後、教団の「科学技術省」次官として、自動小銃の製造などに関わった。
地下鉄サリン事件の5人の実行役の1人。丸ノ内線の車内でサリンをまいた。

地下鉄サリン事件

1995年(平成7年)3月20日に日本の東京都で発生した同時多発テロ事件。
地下鉄車両内で、オウム真理教の信者らが神経ガスのサリンを散布。乗客及び職員、さらには被害者の救助にあたった人々にも死者を含む多数の被害者が出た。

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